大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)375号 判決

上告人

和田常弘

右訴訟代理人

林千衛

被上告人

洪順伊

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人林千衛の上告理由一について

原判決理由の説示に照らし、原判決に所論判断遺脱の違法があるとは認められない。論旨は、採用することができない。

同二について

偽造手形を振り出した者は、手形法八条の類推適用により手形上の責任を負うべきものであることは、当裁判所の判例とするところであるが(最高裁昭和四三年(オ)第九四二号同四九年六月二八日第二小法廷判決・民集二八巻五号六五五頁)、その趣旨は、善意の手形所持人を保護し、取引の安全に資するためにほかならないものであるから、手形が偽造されたものであることを知つてこれを取得した所持人に対しては、手形法八条の規定を類推適用する余地なく、手形偽造者は、右所持人に対して手形上の責任を負わないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実によれば、被上告人は、李順道に無断でみずから同人の印章を押捺しあるいは他人をして押捺せしめて所論の約束手形を振り出したものであるが、上告人は、被上告人が李順道に無断で右約束手形を振り出すことを知つてこれを取得したというのであるから、右事実関係のもとで、被上告人が上告人に対して右約束手形につき手形上の責任を負うべきいわれはないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例(最高裁昭和三二年(オ)第九二六号同三三年三月二〇日第一小法廷判決・民集一二巻四号五八三頁)は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

同三について

本件記録に現われた訴訟の経過に照らせば、原審に所論審理不尽の違法はなく、論旨は、採用することができない。

同四について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶 宮崎梧一)

上告代理人林千衛の上告理由

一、原判決には、左のとおり判断遺脱(法令違背)があり、破毀を免れない。

1 上告人は原審において、被上告人が夫・順道から、手形の振出について包括一任をうけていたと主張した(〔昭和〕五三年九月二〇日附準備書面〔第五回(口頭弁論)期日に陳述〕二、3=〔記録〕四五三丁裏)にもかかわらず、この点について判断を示さなかつた。

2 被上告人が右のとおり一任をうけていたとすると、従前の「数十通の順道振出名義の約束手形(原判決の判示〔判決書一〇丁裏=四三六丁裏〕。乙第一四号証の一〜六〔金額合計一、二七〇万円〕がその最後のもの)がかりに桂花により偽造されたものだとしても、順道振出名義の各金額六二万円の約束手形二十通余(乙第六号証の一〜四、乙第九号証の一〜一五のほか少くとも二通)は、原判決も認める(同一四丁表=四四〇丁表)とおり、その意思に基き作成、交付されたものだから、被上告人、従つて順道は従前の右手形債務をいわば追認したことになり、原判決のいう「旧債務」(被担保債権)の存在に欠けることはない。

3 被上告人が右の一任をうけていたことは、上告人が原審において指摘した(右準備書面同所=四五三丁裏)ように、推断に難くないところだから、原判決のかかる遺脱が明らかに判決に影響を及ぼすことはいうまでもあるまい。

二、原判決には、左のとおり判例牴触(法令違背)があり、破毀を免れない。

1 貴第一小法廷三三年三月二〇日判決(集一二巻四号五八三頁)は、上告人が原審においても指摘した(五四年八月二九日附〔第二〕準備書面〔第一〇回期日陳述〕四、(ハ)=四六三丁裏)ように、独立原則(手形法八条)が被裏書人悪意の場合にも適用されることを認めておるし、貴第二小法廷四九年六月二八日判決(集二八巻五号六五五頁)は、偽造手形を振出した者が同条の類推適用により、手形上の責任を負うべき旨を判示している。

2 ところが、原判決は、前述(一、2)のとおり、順道振出名義の各金額六二万円の手形二十数通が被上告人の意思に基くものなること(少くとも被上告人による偽造)を認めながら、同条による同人の手形責任を否定した(判決書一四丁裏=四四〇丁裏)。

3 右判断は前掲二判例に牴触すること明らかであつて、もしこの二判例の趣旨に副い、被上告人の右手形責任が認められるとすれば(右手形の振出は本件各登記のあとだが)、信義則ないし衡平の原則からいつても、被上告人が「被担保責権」の不存在を抗弁とするのは許されない筋合いであつて、原判決のかかる判例牴触が判決に影響を及ぼすことは明らかであろう。

三、原判決には、左のとおり審理不尽(法令違背)があり、破毀を免れない。

1 原判決は「旧債務」が桂花らの上告人に対する一、二七〇万円の金銭貸借上または手形上の債務とみられる余地もあるという主張(第二準備書面三=四六二丁裏)についても、「認めるべき証拠はない」といつてこれを一蹴した(判決書一三丁裏=四三九丁裏)。

2 しかしながら、上告人の右主張は、訴訟の終結に近づいてからの、「新たな主張」だから、一応の結審はやむなしとするも、弁論を再開して上告(控訴)人側に立証を促すべきであつて、この点、審理不尽は明白である。

3 もし、かくの如く審理が尽されたとすれば、右の如き旧債務を被上告人が重畳的に引受けたと認定される余地は、本件事案に照らし十分あつた筈で、右の審理不尽が判決に影響を及ぼすことは明らかであろう。

四、原判決には、左のとおり経験則違反あるいは理由そご(法令違背)があり、破毀を免れない。

1 原判決が理由二1(「本件登記経由までの手続等に関するもの」)に示した事実認定は、左の点からも経験則に反する。

a この認定は、被上告人の陳弁に副うものであるが、原審においては、(被控訴人)代理人すら、その陳弁は「若干納得しがたい点が存し、説得力に欠ける」(五四年七月四日附準備書面二、1後半=四五五丁表)と自認しておるものである(控訴人第二準備書面二、1(ニ)=四六〇丁裏参照)。

b 本件不動産を被上告人が所有しておることは、同人がいい出さなければ、順子にも分る筈がない。これと別に、順子が予め知得していたという証拠は皆無といつてよい。

c 原判決により、順道振出名義の数十通の手形を偽造したと認定された桂花は、甲第一六号証の一(甲第五号証と重複)〜三(いずれも別件手形事件本人調書)、弁論の全趣旨からも明らかなように、頗る健在(?)なのに、順子は家出して所在が分らない。順子の所在不明は、本件手形割引による同女一家の蒙つた損害のせいで、夫と不和になつたからと推断される(原審における上告人〔控訴人〕本人調書二七丁〔記録六三五丁〕以下)。

d 大槻司法書士方で本件関係書類が作成された前日(四八年六月二一日)に、被上告人が順子方を訪れたことは被上告人も認めておる(原審本人調書四丁裏=一八一裏)。

2 原判決が理由二2(「信義則違反に関するもの」)に示した事実認定は、左のとおり理由にそごがあり、また経験則にも反する。

1 原判決は、「右捺印等は、順子及び控訴人(傍点下名)において……被控訴人に対し、……申向け」(判決書一四丁表=四四〇丁表)といい、上告人が順子と緊密な共謀があつたかの如く判示しておるが、前項(二1)では、順子ひとりが右のように申向けた如く認定しており、彼此理由にそごがある。

2 また、原判決は、順子が乙第五号証の一(順道名義上告人宛念書)を桂花に持参するように要求し、桂花がやむなく偽造して順子に交付したと認定しておる。上告人と順子との間に、緊密な共謀があつたとすると、順子が上告人に事情を明かさずかかる小細工をする筈がない。両名間に右のような共謀があつたとするが如き原判決の右判示は、経験則に反する。

3 右の如き原判決の過誤は、判決に影響を及ぼすことは明らかと思料する。

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